このブログの目的とプロフィール

プロフィール

はじめまして、よっしーです。

僕は整体師として活動する傍ら、空いた時間でインターネットを活用したビジネスをやっています。

僕の中で、整体師の仕事は研究という位置づけのものになっていますが。。。

インターネットを活用したビジネスのメリットは本当にたくさんあって、スキマ時間で働けるので本当に便利なんです。

空いている時間で仕事をしているので自由に生きている実感も感じられますし、ビジネスを活用すれば勉強したことが全てお金に直結するので勉強が楽しくなります。

学生時代なんて勉強がとても苦手でこんなに勉強が好きになるとは思いませんでした。

さらに、毎日成長している実感があるので、最近ずっとワクワクしています。

他にも、

  • パソコン一台あれば仕事が出来る。
  • 『自分の人生をいきている』という感覚は本当に充実している。
  • 通勤する必要がない。
  • 休みを土日に固定する必要がないので、出かけても渋滞に巻き込まれない。
  • 魅力的な起業家さんとつながりが出来る。
  • 自分の価値観で仕事をしているので合わないお客さんと絡まなくていい。
  • 自分の知識を価値として提供するので、お客さんの喜びがダイレクトで伝わる。
  • 上司や従業員に気を使う必要がない
  • 嫌な仕事をする必要がない。
  • 自分がやっただけ収入につながるのでやりがいがある
  • 世の中の仕組みが分かるので、ゼロになっても生きていける自信がつく。

考えれば色々あるんですが普通に働いているより圧倒的にメリットが多いですね。

正直、自分でもここまでハマり込めると思いませんでした。

だって、すごく怪しくないですか?

ネットでお金が稼げるとか。

僕もめっちゃ怪しいと思っていてなかなか踏み出せませんでしたもんね。

僕は今後もっともっとネットを活用したビジネスが普及していくと思っています。

今以上に当たり前で、身近にネットを活用したビジネスをしている人が現れてくると思います。

だから、僕は皆さんにネットを活用したビジネスの魅力を伝えたいんです。

 

僕は昔、整骨院で働いていました。整骨院は本当にブラックでした。

時間も健康も、お金も、精神的な余裕もなくて全てがない状態でした。

でも、国家資格を取った以上その道を諦めたくなくて、必死にしがみついてきました。

それが、僕の中での常識だったんです。

でも、交通事故にあってしっかり自分と向き合う時間が出来ました。

本当の自分と向き合ったのもその時ですね。

これじゃ、駄目だと思いました。

 

でもネットビジネスを知って今までの常識ががらっと変わりました。

だから皆さんにお伝えしたいのは

 

人が人として生きられるような道標を作りたい

 

そう思ったんです。

このブログに出会って、自分の人生を生きるということについて考えられるキッカケになって欲しい。

そんな想いでこのブログを発信しています。

 

僕は、豊かな人生を送るために重要な価値って皆共通していると思っています。

精神的に豊かにならないといけない。

身体が健康でないといけない

経済的に余裕がないといけない。

時間に余裕がないといけない。

僕は豊かな人生を送るためにはこれらの余裕がないと難しいと考えています。

これは一つでも欠けてしまうと豊かと感じることが出来なくなってしまいます。

だから僕はこのブログでこれらの余裕を持つための原則を自ら研究実践して学んだことをお伝えしていきます。

 

ここからは、このブログでお話させていただくことが理解しやすいようにあらかじめ僕がネットビジネスを始めるに至った経緯などについてお話させて頂きます。 

大学を卒業して専門学校へ

僕はあまり偏差値の高くない大学に通っていました。卒業の年がちょうど就職氷河期の最中だったため、僕はそのまま就職するべきじゃないと感じていました。

そこで、祖父が整骨院を経営していたこともあり馴染みがあったので、そのまま鍼灸師の専門学校に入学することにしました。

当時、みんな考えることは一緒で、高齢化社会を迎えるにあたって鍼灸や整骨院という仕事のニーズが高まることを見越して、鍼灸の専門学校に人気が集まっていました。

専門学校自体が少なかったこともあり、競争率でいうと20倍。世間の話では基本裏口入学しかありえないといった噂まで出ていました。

僕は大学4回の1年をほぼ受験勉強に費やし、なんとか鍼灸の専門学校に入学しました。

しかも、繰り上がり合格で。あの時の感動は今でも忘れません。

ただ、同時にとんでもない業界へ入学してしまいました。

鍼灸という業界の時代錯誤感

鍼灸という業界は結構不可思議な現象を扱う業界で、セミナーとかも『気功』のセミナーや『触れずに治療する』といった一般人には近寄りがたいセミナーが普通に開催されています。

それだけ、怪しい業界なんですが実際そのセミナーに行くことで治療が出来るようになるのかは正直わかりません。

まして、

学校を卒業するだけで治療が出来るのか?

という疑問が出てきますが、実際は卒業段階では全く治療のことなんてわからない状態で卒業します。

ツボってナニ?ガンも治るの?といった疑問を一般の方から投げかけられることもよくあり、自分なりの正解を見つけて説明できるようにしないといけません。

そんな中、今でこそ『美容鍼』といった施術を目にすることも多くなって鍼灸の認知もあがってきたようにも思いますが、当時は鍼灸師の就職先は主に整骨院でした。

それから、整骨院での就職が始まるわけです。

整骨院はその業種柄、丁稚奉公(でっちぼうこう)という感覚が残っていて

『整骨院で働かせてやるんだ。一人前まで育ててやるんだから給料なんていらないだろう。』

という感覚が業界の中に残っていました。

そのため、働けるだけで幸せという業界の常識をまず植え付けられます。

なので、休日出勤は当たり前、朝8時から終電越えるまで働くのも当たり前。残業なんてつきません。院によっては昼休み中ですら雑務などこなしています。

職人気質の院長も多く、指導も『見て覚えろ』的な指導で、できなかったら怒鳴り散らされる事も普通にありました。

だから、整骨院の求人は常にたくさんある状態です。

求人広告に載っている整骨院に良い求人はない?

いろんな整骨院に行って結果思ったのは、普通に求人にでている整骨院に、面接に行ってはだめだということでした。

僕自信も半年から一年働いては辞めてを繰り返し、4〜5件の整骨院を転々としました。

4〜5件の整骨院に結局ついていくことができず、自分はこの業界ではやっていけないのか?と自分に自信がなくなり始めていました。このままでは鍼灸で治療なんて夢のまた夢になる。なんとか続けられる整骨院を見つけないといけない。。。と焦り始めます。

そこで、僕が考えたのが個人経営の整骨院では院長のワンマンなので、企業として成功している整骨院ならマシだろう。というアイデアでした。

ネットで探して探して、当時企業がやっている整骨院というのはあまり身の回りにはなく、ようやく見つけることが出来、面接をお願いしました。

面接に行くと、その会社の子会社で整骨院事業をやっているからそこにスタッフとして勤務してみるか?という話を頂きます。

『社長がやっているんではないのか。』

と思いながら、グループ会社だったら大丈夫と決心しました。

ここでは、絶対に辞めないぞ。という思いで必死でしがみついてやろうと思いました。

この思いでなんとかやっていこうと思いましたが、どんどん精神が崩壊に向かうことになります。

朝はAM8時前には院に着いて、開院準備を行い12時頃までに40人の患者さんをさばきます。午後は3時からPM8時まで40人の患者さんをさばきます。

その後は11時ぐらいまで雑務やらミーティングなどを行い帰ります。

患者さんの前で普通に怒鳴られる

僕は要領が悪く大量に来院される患者さんを、上手にさばくことが出来ません。

「おい!何してんねん!こっちや!!」

患者さんの目の前で怒鳴られます。

オタオタする自分。

僕は人数の多さから流れがつかめなくなり、院長の思い通りに動けません。

そこからはもうパニックです。指示がないと何をして良いかもわかりません。

そんな状態を見て、受付のスタッフが忙しい中、一瞬のスキをついて僕に指示を伝えてくれていました。

そんなスタッフのサポートもあり、怒鳴られながら、なんとか続けていましたが自分の心はどんどん折れていきます。

院長はなんとか僕の状態を改善させないといけないと、誰かにアドバイスをもらったみたいでした。

僕のために作ってくれた一人だけの部署

そのアドバイスは何か大きな役割を僕に与えて自信をもってもらおうというものだったのだろうと思います。

僕は、急遽『経営企画室室長』という役割を与えられました。

もちろんそれまでその整骨院には『経営企画室』なんて存在しません。

急に経営企画室が誕生して、その長を命じられたわけです。メンバーは僕だけです。

でも、ぼくは院長の心配りに感謝しました。

一生懸命『経営企画室』の役割を果たそうとしました。

院長に経営企画室とは何をする部署なのか確認すると「んー。売上をあげる事を考える部署かな。」とのことです。

「まずは院内にあるチラシの数を管理することから初めたら良い。」

と言われました。

僕は一生懸命チラシの数を数えて、毎朝チラシの枚数の報告をします。

「昨日はチラシ30枚あって、5枚取っていただけました。」

そんな毎日が続くある日、チラシの補充が間に合わないことがあり、院長から朝礼時に

「お前は、何も出来ひんな。チラシの管理も出来ないのか?」

と言われました。僕はショックを受けます。

でも、こんなことが日常になっていました。

そんな状態が2年ほど続きます。

急にやってきた限界

それでもなんとか辞めずにしがみついていました。その頃には自分の心に完全に蓋をして、業務をこなしていました。

が、3年目のある日、自分のことを業務の面でかばっていてくれた先程のスタッフが辞めるという事になりました。

そのスタッフは院長に噛み付けるぐらいバイタリティのある娘で、受付業務と患者さんを回す事をやっていてくれたスタッフでした。

そのスタッフが辞めると聞いた時、何よりも、自分の指示を誰が与えてくれるのか?僕は今まで崖の縁でなんとかぶら下がってやってこれたのはそのスタッフがいてくれたおかげでした。

そのスタッフが辞める。

僕にとってあまりにもショックで、僕は誰に相談するわけでもなくその次の日院長に「辞めさせて下さい。」そう伝えました。

僕はその日で辞めることになりました。

その帰り道、明日からもう怒鳴られなくていいという思いから心から「ホッ」としている自分がいました。

同時に、焦りを感じる自分がいます。

この業界でどうやって行きていけば良いんだろう。。

大学を卒業し本来就職するはずなのに400万以上をかけ専門学校に3年もいった、業界を続けられないのか。。。という気持ちも湧いてきました。

電車に乗り、家に帰るまで1時間半。ずっとボーッとしながら歩いていました。

家の最寄り駅に到着した頃、一本の電話がなります。

その整骨院の親会社の社長からでした。

その社長は、僕のことを気にかけてくれていました。

おそらく、『僕に役割を与えて自信をもってもらうようにしてみては?』というアドバイスを院長にしたのも社長の配慮からだと思います。

僕は、なんだろう、と思い社長からの電話を取ります。

「おまえ、辞めるんやってな。」

「はい。」

「じゃあ、うちの会社で働かへんか?」

社長の電話は僕を従業員として迎え入れたいという電話でした。

僕は涙がでました。

「ぜひ、お願いします。」

社長の仕事はリラクゼーションサロンの運営を行っている会社です。

僕は、この業界からは離れなくても良い。鍼灸という仕事は出来ないけど人の体を触ることは辞めなくても良いんだ。という思いもあり即答しました。

社長は僕にサロンスタッフ兼技術指導員という役割で働いて欲しいということでした。

社長が僕のことを評価してくれていたことがとても嬉しかったのを覚えています。

そこから、僕は新たな自分を見つけていきます。

怒鳴られることのない日常に開放される自分

僕は社長のサロンで働いているスタッフたちのことを既に知っていました。

というのも、そのスタッフたちは僕が整骨院で働いていた時、昼休みに技術を学びに来ていた生徒たちなのです。

もちろん僕も指導しました。なので、お店に行くとスタッフがとても頼りにしてくれます。

僕は嬉しくて仕方がありませんでした。

今まで働いていても、毎日怒鳴られ、出来ないやつという目で見られて、どんどん折られてきた『出来損ないの自分』を頼ってくれるんです。

嬉しくて仕方がありませんでした。

一生懸命スタッフと話しながらお店の売上をあげるためにどうしていくか話していきました。

企画についても色々話しました。

本部で続々と持ち上がる出店計画

そうこうしている内に、社内で遠方での新規出店計画が持ち上がり、店長を誰にするか検討しているとのこと。

遠方なので、誰も行きたがりません。

拾ってくれた恩があります。僕はすすんで手を上げました。

新規出店のため、備品からスタッフ教育、技術指導までの開店準備をサポートしてもらいながらやり抜きました。

新規出店した店舗はイオンのような複合施設でした。

僕の店舗はうまくお客さんが来店してくれるようになり、複合施設の中でも高い店舗利用率をあげることが出来ました。

3ヶ月ぐらいした時、再び社内で出店計画が持ち上がります。

今度は地元での出店との事。さらに、僕を『地元に戻そう』という話もでていたらしく、僕は地元に戻り出店作業に移ります。

そうこうしている内に僕は3店舗の出店に関わり、その後、その会社での最後の地にたどり着きます。

会社も大きくなり、僕の上に別の上司がつくことになります。

限界を越える勤務環境

僕は、地元ということもあり自宅から出勤をします。

地元といえど、蓋をあけると三県をまたいで職場に向かうルートです。

通勤に2時間強かかります。

さらに、会社が大きくなりすぎたため、スタッフ不足が深刻になりスタッフ一人あたりの勤務時間が異常になってきます。

朝11時から営業開始で夜12時営業終了。

そんなお店でスタッフ3人で回すことになります。1人は開店から閉店まで。後の二人はシフト制で常時二人体制。土日は三人体制で回していきます。

このままでは休みもとれないので、本部から応援のスタッフが来てくれた時に休みを取ります。

僕は店長のため、他のスタッフのカバーもしないといけません。なので、基本フル勤務になってきます。

会社にも増員の要請をかけますが、そうそう人が入ることはありません。

移動時間に4時間、準備・片付けも含めると15時間拘束。

これでは身体が持つわけがありません。

でも、気合で乗り切ります。

『人間は4時間の睡眠があれば足りる。』

何かの本で読みました。

『4時間寝れば生きていける。それならばなんとか大丈夫だろう。』

そう思って気合で乗り切りました。

でも、気合はそう長くは持ちません。通勤中の居眠りが徐々に増えてきます。その結果、

交通事故を起こしてしまいました。

一週間、意識不明になって回復するに至りましたが、その後色々とあり会社を辞めることになりました。

そして、現在独立して自営業をしながら、空いた時間にインターネットを活用したビジネスに取り組んでいます。

最後に

これが、僕の職歴です。

改めて振り返ってみると整骨院時代は本当に自信の持てない生活を送っていたと思います。

自信がなく認められることのない環境は本当に辛かったです。僕の要領の悪さゆえ、馴染めなかった環境でしたが二年間もよく頑張ったと思います。

その後、やりがいを見つけて充実して働きますが、自己管理が出来ずただ会社の指示に従って働いてしまった結果、事故を起こしてしまいます。

今思うと、僕は人からお願いされると期待に答えたいと無理をしてしまうみたいで、結局自己管理が出来ませんでした。

そういう意味でもやはり今の働き方はは僕の中で最高の組み合わせだと思っています。

パソコン一台で仕組みを構築してしまえば、家賃も払わず、スタッフも雇わず、ほとんどノーリスクでビジネスが出来る。

このブログではこのビジネスを皆さんにも知ってもらいたいという思いでこれからも情報発信をしていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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僕はビジネスをとても難しく考えていました。

僕は自営業をしていますが、

『自営業は立派な起業だ!!』

と思われるかも知れませんが、立派というのが邪魔なんですよね。

そんなにいいものではない。

この起業は『独立』という日本に昔からある職業の一つに就職したようなものです。

国家資格を取得して、10年修行をして店舗を構えて…..

とか、

会社に就職して、ノウハウを身に付けて、会社を設立して…

とか

もう既に形が出来上がっていて、どのぐらい売上があがるかを完全に国から把握されています。

結局、サラリーマンと同じように手取りいくらぐらいになるか完全に国のコントロールの下にいる状態です。

独立というと聞こえはいいですが、イメージだけですね。

一方で、僕が副業としてやっているビジネスはそういう大げさなものではないんです。

ビジネスの本質をシンプルに追求した合理的なものになります。

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